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ハロー、記録師です。
あぁ、どうも。
少し待たせましたか?
うふふ、だって凄い勢いでドアを開けたでしょう?
変な期待をさせないように
今回はしっかりと名乗ったと言うのに
その反応で、私も少し驚いたのですよ。
そうですね、早速ですがこの前の続きを話しましょう。
私は記録師なので、語り屋の様に上手くは話せませんが
これは私の使命ですから、しっかりと勤めさせてもらいますよ。
あはは、そうですか。
それは良かった。
では、先日の続き・・・
彼が不思議な世界を絵本の力で変えていった
その続きをお話しましょう。
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名前のない青年
ある日、彼の家に小さな女の子が尋ねて来ました。
”名前が欲しい”という女の子。
だけどもう、絵本の知識は底を尽きていたので
彼はどうしようと悩みました。
だけどすぐに考え直して、彼女にこう言いました。
「君には僕の知識の中の最後の言葉をあげるよ」
あんなにもたくさんの知識に溢れていた絵本の
最後の言葉を、彼女の名前にする・・・そう彼は言ったのです。
その最後の言葉とは・・・”絵本”
そう、本当に言葉は尽きてしまって、絵本という言葉が最後だったんです。
彼女は喜びました。
こんなに偉大な物と同じ名前を頂いたのだから
それはそれは嬉しかったのでしょう。
飛び跳ねて喜んで、彼のほっぺに唇を押し当てる仕草をし
「これはハグ!ママに教わったわ!あなたがママに教えたのでしょう?」
そう、彼の知識は人と人を結び付けました。
今ではこんな風に、人と人の間にはたくさんの名前がついた
たくさんの行為が行われる様になったのです。
月は赤いままだし、森も黒いままだけど
確実に人々は繋がり、絆を結んでいったのです。
そんな事実を彼は心底嬉しく感じていたし
自分を少し誇らしくも思っていました。
こうやって絵本の中の知識を教える時
相手が見せる色とりどりの表情が何より好きでした。
驚いた顔、感心する顔、困惑する顔、喜ぶ顔。
あんなに何もなかったのに、今ではこんなにも溢れているから。
だから彼は出来る限り、人々に知識を与えたのです。
そんな風に満ち足りた気分で、喜ぶ女の子を見ていると
途端に女の子は困った顔をして彼を見ました。
彼はどうした事かと思って、声を掛けました。
「あれ・・・?ねぇ君、絵本という名前は気に入らない?」
すると彼女は大きく首を振りながら、言いました。
「そんな事ない!
私、貴方にちゃんとお礼を言いたいの
でも・・・・・
貴方の名前が解らないわ」
彼は心底驚きました。
そう、言われてみれば自分には名前が無かったのです。
いつも与える側だったから、そんな事考えた事もなかったのです。
「ねぇ、もしかして名前がないの?」
そんな彼の様子に、女の子は慌てていました。
だって、そりゃそうでしょう。
自分がもらった言葉は、あれで最後だと・・・彼は言ったのですから。
人にはひとつ、違った名前を持つという彼の知識のルールに従えば
彼にはもう付ける名前がないのですから。
「そうか、そうだった。僕にはつける名前がもうないや」
だけど彼はすぐに何かを予感しました。
そう、悲観すべきこんな出来事も・・・
彼にとっては”チャンス”だと思えたからなのです。
事も無さ気にそう呟く彼を、女の子は不思議そうに見ていているけれど
彼はそんな彼女の頭を一度軽く撫でると
その場を立ち上がりこう言いました。
「それじゃあ僕は自分の名前を探しに旅に出る事にしよう」
そう、彼は自分の名前を探しに・・まだ見ぬ絵本の中の世界に行こうと思ったのです。
実際にいけるかどうかは解らないでしょう。
彼にとってその世界は実在するかどうかも解らないでしょう。
だけど、彼にはそれが”出来る”と確信があったのです。
さっき予感したチャンスというのは、旅立ちのチャンスだったのです。
突飛な言葉に女の子は目を真ん丸にして驚いていたけど
彼はそんな彼女にハグをして、一言”ありがとう”と告げて家を出たのです。
女の子はその言葉の意味を問おうと、彼に声をかけましたが
彼は笑って手を振っているだけでした。
出て行く背を追いかけましたが、彼の歩幅は女の子の歩幅よりも遥かに大きく
どんどん先に進んで行ってしまうので、とうとう女の子は追うのを止めてしまいました。
彼はとても清清しい気分だったので、背後で自分を呼ぶ声に気付きませんでした。
もうそれは羽があったら空を飛べるくらいに、体が軽かったのです。
だからママにもパパにも伝える事を忘れていた事にも気付きませんでした。
そんな高揚した気分のままで、彼は生まれ育ったこの街を出て行きました。
行き先?そんな物存在しません。
だけど彼は確信しているのです。
自分にぴったりの名前が見つかるって。
だから、どんなに時間が掛かっても、どんなに道に迷っても
道すがら絵本から吸収した知識を、色んな人に話しながら探そうと。
話す事が無くなったら、また新しい絵本を探してみようと。
話す事も大好きだし、そのことで相手が夢中になる事も好きですから。
だからゆっくり、ゆーっくり探そうって決めたみたいです。
だって、それが彼が最も欲した答えだったから。
そう・・・・自分は一体何者なのか。
彼にとっては大した事ではありません。
だって、もうひとつの答えは既に見つかったのですから。
”自分はなんの為に自分なのか”
その答えはとっくに見つかっていたのですから。
だから自信があったのです。
もう片方の答えだって
きっと見つけられる、と。
その答えをいよいよ自分で手に入れる機会が
こんなに早くも訪れたのです。
だから進む足を止めはしませんでした。
歩いて行ったら、月が白く見える場所に辿り着くかも知れませんし
明日にはふと見た森が緑色に輝いているかも知れません。
太陽が目に痛いくらい眩しかったりもするかも知れません。
もしかしたら・・・・あの高い空の上にも人間が住んでいるかも知れません。
だから彼は旅立つ事にしたのです。
通る道に何もなくたって構わないのです。
彼にとってはそれも楽しみのひとつ。
自分にぴったりの名前を見つけるまでは、全てが楽しみのひとつですから。
そして・・・・・
その日以来、本当に彼は街から消えました。
人々は悲しみましたが、女の子はその理由をみんなに話して回りました。
理由を知って人々は、彼の業績を称えました。
ちょっと変わった、不思議な青年。
いつも”どうしてだろう”と言っていた青年。
だけど彼のお話はとても面白くて、どれも新しい物ばかり。
お年寄りだって、赤ちゃんだって彼の語る言葉に胸を弾ませ
みんながその不思議な青年のお話に夢中。
そして人々に語りかける彼の表情も、幸せそのものです。
だから彼らはこんな風に呼んだのです。
名前のない彼に敬意を表して”語り屋”と。
人が自らである事を疑問に思うなら
彼にはそんな理由がぴったりだと感じたから。
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さて、今回私があなたに用意した物語はここまでです。
ふふふ・・・最初に言ったではないですか。
あなたの知っている人を記録している、と。
そうですね、あなたがいつの間にやら
待ち遠しく思う、あの不思議な青年の物語を記録しているんです。
もちろんあなただけではありませんよ?
彼は色んな所・・・この世界ではない所にも
この長い旅の中で手にした絵本の物語を届けているんです。
最近じゃ彼は他人の人生を覗き見する事もあるんですが。
あ、これは余計な情報ですね・・あはは忘れて下さい。
私は彼の辿った道を、そのまま辿って
彼自身を主人公にした物語を記録しているんですよ。
彼ね、あんまり自分の事は話さないんです。
あ、いいえ・・・そういうのじゃないんです。
秘密主義なんて大そうな物ではないですよ。
ただね・・・色んなお話を頭に詰め込んでしまって
長い間、色んな世界を行ったり来たりしているんです。
だから・・・色んな事を忘れてしまうんですよ。
え?・・・・あ・・・そうですね。
あなたはとっても察しがいいのですね。
そう、彼は既に旅の目的を忘れてしまった。
今は何を目的にして、街を飛び出したかも
自分がどうして今世界をブラついているのかも
覚えてはいないんです。
・・・・あぁ、そんな悲しい顔をしないで。
全て忘れた訳ではないんですよ。
それに生まれ育ったあの不思議な街にも
定期的に帰っていますし
もちろん家族の事だって、しっかりと覚えていますよ。
この間、あなたも食べたでしょう?
彼のママが焼いたパイを。
えぇ、彼はかなりママが好きでね。
旅に出てすぐはママにこっぴどく叱られた様ですが
呼んだら帰宅する事を条件に許してもらったんですよ。
ふふふ・・・そうですね。
本当に不思議な青年でしょう?
だからこそ、私は彼を追って彼の物語を記録しています。
え?他人の人生を覗き見するのは良くない?
・・・確かにいい趣味ではないですよね。
だけどね、彼は自分の事を顧みない性格で。
次から次へと自分の目的を忘れてしまうんです。
せっかく長い間、旅を続けているのにもったいないでしょう?
だから、褒められる事ではなくても
私がこの役目をしなければいけないんですよ。
さて・・・・私は彼を追わなければ。
あなたと彼、誰かと彼、どこでドラマが始まるか解らないですから。
それではお別れの言葉に代えて
あなたへメッセージを送りましょう。
この世は誰しもが物語の主人公。
そこのあなたも、となりの方も、遠い国のあの人も。
この家の裏庭のベンチを拝借して、のんきに昼寝をしているあの猫も。
何も変わらない日常だって、あなたが主人公の物語。
誰かが除き見れば・・・退屈なんて感じないドラマの世界です。
だって、そうでしょう?
もしかしたらその人の世界は月が赤いかも知れないし
それ以前に夜が無い世界かも知れない。
あなたが何気なくしている行動だって
その習慣のない世界の住人からしたら魔法に見えるかもしれない。
・・・彼の居た世界の住人の様に、楽しんでいるかも知れない。
だから毎日を大切にしていただきたい。
退屈でも、変わらなくても。
そんな一日はドラマである事を忘れずに。
ふふふ、えぇ、そうですね。
彼の真似をしてみたのですが・・どうだったでしょうか?
あらら、それは残念。
もう少し、彼を良く研究しなければ・・。
え?そうですか?うふふ。
あなたがそう言うのなら・・私は私で行くとしましょうか。
それでは、また。
彼の記録はまだほんの序章。
あなたが彼を知りたがる頃に、また。